
AIには「受動的な活用」と「能動的な活用」があると思う
最近Facebookには、畑とかランニングのことばかり投稿していますが、相変わらず頭の中ではAIのことばかり考えています。
いろんな人と話していて、最近ひとつ思うことがありました。
それは、「AIの活用には受動的なものと能動的なものがあるんじゃないか」ということです。
これからAIが社会にどう溶け込んでいくかを考えるとき、この見方は意外としっくりきています。
例えばインターネットが普及した頃を思い返してみます。
ネットで検索したり、サイトを見たりする人はたくさんいます。
一方で、ブログを書いたり、サービスを公開したり、情報を発信する側の人もいます。
後者のほうが、僕の中では「能動的な使い方」です。
スマホも同じです。
今ではほぼ全員がスマホを使っています。
LINEを使ったり、地図を見たり、買い物をしたり。
これは受動的な使い方です。
でも一方で、スマホのカメラやマイクを仕事に組み込んだり、YouTubeで発信したり、スマホを使って新しいサービスや仕事を作る人もいます。
そういう使い方は能動的だと思っています。
もちろん境界は曖昧です。
でも、「アプリを使う」と「スマホという道具を使って何かを作る」の間には、少し違いがある気がしています。
ではAIはどうでしょう。
AIは間違いなく社会に溶け込んでいくと思います。
ショッピングモールへ行けばAIが案内してくれる。
ネットを見ていれば、いつの間にかAIがサポートしてくれる。
工場ではフィジカルAIが働くようになる。
仕事の中にも自然に入り込んでいく。
こういうものは、受動的なAI活用です。
気付けば便利になっていた、という世界です。
一方で能動的なAI活用は、今でいうとMCPでサービス同士をつないだり、自分の仕事に合わせてAIを組み合わせたり、オーケストレーションを作ったりするような使い方です。
AIを一つのアプリとして使うのではなく、自分で設計して、自分の仕事のための仕組みを作っていく。
そういう創造的な使い方です。
そして僕が思うのは、この比率もスマホと同じようになるんじゃないかということです。
数字は適当ですが、7対3なのか、8対2なのか。
多くの人はAIを便利な道具として使う。
でも、その裏側のモデルを気にしたり、MCPを組み合わせたり、自分で仕組みを設計したりする人は、おそらく少数派になりそうだなーと感じています。
「AIなら一発で何でもやってくれる」という期待を持つ人は多いでしょう。
でも実際には、細かく組み合わせて、試して、つないで、自分なりの仕組みを作る人は、それほど多くない気がしています。
便利に使うだけではなく、自分で組み立てる側。
最近は、そういう能動的なAIの話ができる人ともっと話したいな、と感じています。